まるかいてさんかく

旅とカメラと妄想と

前日譚

2011年の10月から半年ほど東南アジアを旅してきました。

マレーシア、ミャンマー、タイ、ラオス、中国、バングラデシュ、インドの7ヶ国。

旅先でリアルタイム更新していた時期もあったけれど毎日いろんなことが起こるので、それを逃さないために必死だったというか、更新のためにスマホに向かい続ける時間が無駄だったので。これはもう帰ってからにしたほうがいいな~と。

その旅ログをきちんと残せないまま数年が経ち、やっぱりどこかに記録しておきたいという思いだけが募る一方、面倒だ…という体たらくが勝ってしまう今日この頃。『旧 道端のひろいもの』で完結できなかったので最初からまたまとめなおそうと思います。無謀だな?

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さて、遡りまして2011年。

この年といえば3.11があり、当時東京に住んでいたわたしは少なからず被災していました。だからといって震災が直接の旅の理由ではありません。振り返ってみれば確かにキーポイントではあるけれど、それは旅に出てみるまで大きく意識をしてなかったと思う。電力不足で街は意気消沈し、人の心も疲弊しまくっていたような気もするけど、夏ごろにはみんなして無理やりにでも日常に戻ろうとしていたような。

わたしはというと旅に出るために部屋の片づけに追われていました。部屋を引き払ってすべての荷物を実家に送り返すため。数年住んだ東京はいつも楽しかったけどずっと疲れていたし、でもまた戻ってくるんだろうなぁとぼんやり考えてた。

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わたしの狭くて愛しい1Kの城。東京とは思えない田舎具合で田舎生まれ育ちのわたしにはぴったりだった。渋谷の不動産屋に適当にあてがわれて北西向きで都心まで電車で1時間かかるけど、駅前にスーパーも図書館も役場もあって住み心地は良かった。

仕事はきつかったけど人に恵まれていた、と今では素直に思うし(たぶんいろんな負の部分は忘れている)、20代そこらであれだけの経験ができたのはやっぱり東京だったから。それを一旦リセットしてまでどうして旅に出たのか…いつの世も会社を辞めて旅に出るには大なり小なり理由がある。わたしの場合は学生時代にやり残した長期の旅行への憧れ、思春期時代にずっとこじらせていた「明日死ぬかもしれない未練を残すな」が解消されないまま20代後半まで来てしまい、仕事を辞めるなら三十路手前までなら許される……という、凝り固まった思考で思いついたから。旅を終えて帰ってきた今なら「いつやってもいいじゃん」と輪にかけたように大ざっぱになってもっといろんな可能性を考えられるようになったけれど……まぁ当時は今行かねば、と思ったんですね。

 

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 さてさて。行ってきます。